アクティビティ

脳波でつなぐ新たな世界
科学と対話の両輪で拓く、意識と社会のエコシステム

2024年09月03日
  • インタビュー
  • 共通基盤技術開発

「Internet of Brains(IoB)」は、ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)と呼ばれる技術などを使い、身体、脳、空間、時間の制約から人間が解放された社会の実現を目指すプロジェクトです。「意識」に関する認知神経科学の研究者であり、本プロジェクトのプロジェクトマネージャーを務める金井良太さん(株式会社アラヤ)に、プロジェクトの概要と目指す方向性を聞きました。

Internet of Brainsとは

「Internet of Brains(以下IoB)」は、内閣府のムーンショット型研究開発事業で進められている10個の目標の中の、目標1で行われているプロジェクトの1つです。

目標1は、2050年までに人間を身体・脳・時間・空間の制約から解放するというもので、遠隔でのロボット操作や、バーチャル空間でのキャラクター操作のように、自分の身体そのものではなく、遠隔で「アバター」を操作しながら社会活動をできるようにすることを目指したプロジェクトです。

我々は、脳の活動と外部との間で情報をやりとりするブレイン・マシン・インターフェース(以下BMI)と呼ばれる技術を使い、アバター操作を遠隔で行う技術を研究開発しています。IoBというのは、何か動かそうとした時に脳から出てきた信号をインターネットにつなぐことで、遠隔にあるさまざまなアバターを頭で思い描いた通りに操作することを目指した取り組みです。

 

侵襲・非侵襲
両面からのアプローチ

今取り組んでいるのは、主に脳波から信号を取り出す技術で、「侵襲型」「非侵襲型」に大きく分けられます。

侵襲型は電極を脳の中に差し込むための手術が必要です。脳になんらかの疾患を持った患者さんに対する治療としてはすでに行われていますが、同時にリスクもあります。一方、非侵襲型は頭の表面に電極を貼り付けるなどして脳波を取るもので、着脱可能で比較的気軽に使えます。

もう1つ、侵襲型と非侵襲型のちょうど間の「極低侵襲型」というアプローチがあります。これは頭の手術はしないのですが、脳に近いところの血管に電極を置き、脳波を取る方法です。

将来的には、例えばタトゥーやピアスのように身体にちょっと傷をつけるものの、侵襲型に比べて敷居の低い方法として選択される可能性は十分にあると思います。いろいろな手法を組み合わせて徐々に有用性を示しながら、いろんな人が将来使ってみたいと思えるような技術開発を進めています。

 

プロジェクトに参画する
多様なメンバー

IoBではさまざまなメンバーが研究を進めています。

例えば、慶應義塾大学の牛場さんはPLUG(プラグ)というヘッドホン型の簡易の脳波計を用いて、ゲームの中を自由に動き回る試みを始めています。一般の人が気軽に体験できるので、これからどのような応用が広がるのかと想像が膨らみます。

弊社アラヤの笹井さんは頭の表面に脳波計を高密度に貼り付けてAIと連携することで、発話意図の解読や、それを利用したメールの送信に成功しています。

侵襲型では、大阪大学の栁澤さんはてんかんの治療で脳波計を入れている患者さんにご協力いただき、頭の中で想像しているものに近い画像を画面上に表示しています。

同じく大阪大学の関谷さんは、脳波計用の柔らかい電極を開発し、脳の血管にカテーテルで挿入して固定し、脳波を取得する極低侵襲型の新しい技術を開発しています。

その他にも、脳で作り出されるトラウマへの向き合い方や、声を出さずに口の動きだけでコミュニケーションをとる方法の開発など幅広いアプローチで、18名の課題推進者と、そのラボメンバーやスタッフが本プロジェクトに参加しています。

 

研究人生って漫画みたい

プロジェクトリーダーとして大事にしているのは、やりたいことのビジョンを持つことと、同時に自分の専門ではない分野の研究者に興味を持ち続けることです。

IoBと同じムーンショット目標1の中に、身体の中で動作するすごく小さなアバターを開発しているプロジェクトがあります。これは、アバターが体内をパトロールしたりモニタリングしたりすることで健康維持に繋げる試みです。最初はピンと来なかったのですが、話を聞いているうちにこれはBMIともつながる話だと思い始めたんですね。

例えば、前述した関谷さんが研究されている脳の血管内で動作するBMIも非常に小さな装置です。そうしたものも一種のアバターと見なすなど、視点を変えることで、これまでにない発展の可能性が見えてきました。

僕にとって研究人生って漫画みたいな感じなんですよね。学生からポスドク、助教へとレベルアップする過程でさまざまな人に出会うんですね。あいつすごいなって思う人と出会ったり、ライバル関係になったり、ときには嫌な思い出の相手と再会したり、とずっと続いていくんです。長期連載している漫画には何百人とキャラクターが登場しますが、ああいうのが自分の人生の中に溜まっていく感じがめちゃめちゃ面白いですね。

 

根拠と対話で
社会実装を加速する

現在、すでにブレイン・テック(脳と技術をかけ合わせた造語)によって脳に効果があると謳われている商品が世の中に多く出回っています。でもその中には、効果が科学的にきちんと評価されていないもの、安全性に懸念があるものも含まれています。

そこで、一般の消費者や商品を開発・販売する事業者に向けて、ブレインテックの基礎知識や向き合い方についてまとめたガイドブックを公表しました。さらに、人間の注意力の向上や運動能力の向上といった効果に対する根拠についてもエビデンスブックという形でまとめています。

2050年という少し遠い未来を考えるにあたっては、専門家に限らず広く一般の方と一緒に考えることが大事だと思っています。その1つの試みとして、IoBの研究者とSF作家の方が対談する「Neu World(ニューワールド)」というサイエンスコミュニケーションプロジェクトを立ち上げました。

SF作家の方たちというのは、未来像を誰もが想像しやすい形に翻訳してくれます。なので、研究者が自分のビジョンを磨いていく上で、すごく有用な対話になるんですね。一方で研究者が研究の現状や展望を語ることで、一般の方やSF作家の方たちが想像する未来がよりリアリティを持ったり、新しい発想の源を提供したりすることにつながります。

ムーンショットのプロジェクトをやっていても、会社の経営をやっていても思うのですが、僕は多分、根本的には人間の「意識」に興味があるんですね。だから私の夢の1つは、意識を持ったAIが実現される瞬間に立ち会うことです。もう1つは、すごく精緻な入出力ができるBMIが開発され、それを実際に体験して、「おお、できたな…」と思うことですね。

出会いを大事に
自ら動き、判断する

何かやりたいことがあるけど迷っている学生さんは、一歩踏み出してみると面白い世界が開けてくると思います。でもチャレンジには常にリスクもあるし、人生って本当に人それぞれです。だから、そういうときは今周りにいる友達も含めて、人との出会いを大事にして、積極的に動いてみるという感覚を持ち、最後は自分で判断する覚悟が良い方向につながっていくんじゃないかなと思います。

 

取材・執筆・動画編集 株式会社スペースタイム