固体物理とナノテクノロジーが専門の関谷毅さん(大阪大学産業科学研究所・教授)は、素材の研究を通して、新しい電子デバイスを作るという研究をしています。このインタビューでは、IoBにおいて担当している、柔らかい有機材料からできた脳波計を血管内に入れ、脳波を体の内側から計測するという研究について、お話を聞きました。
<strong>血管の中から
脳を測る</strong>
脳波の計測は、計測精度といかに身体に負担をかけることなく測るかが課題です。そこで我々は、血管の中から脳波を測るという取り組みをしています。血管は体中に張り巡らされているので、皮膚を少し切開して、そこから血管の中を通して脳に到達できれば、頭蓋骨を開けることなく脳の中から直接計測できます。我々はこの極低侵襲(=身体に負担がかかりにくい)の技術で、脳波を正確に測ろうとしています。
計測器を血管に入れる上で何よりも注意しなければならないことは、非常に柔らかい血管を傷つけず、また血栓(血の塊)ができないようにすることです。そこで我々は、血液に触れても血栓ができにくい有機材料と、その有機材料を使った柔らかい脳の計測器を開発しています。
<strong>スペースシャトル打ち上げから
素材の研究へ</strong>
私は子どもの頃、宇宙飛行士の毛利衛さんが乗ったスペースシャトルが打ち上げられるのをテレビで見て、そのチャレンジ精神に驚きました。そして、宇宙に行った毛利さんが宇宙の無重力環境で全く新しい素材を作ろうと素材の研究をしていたことに、とても興味を持ちました。
私が素材の研究に興味を持ったもう1つの理由は、スペースシャトルが宇宙から帰還する際に炎上するという事故を目にしたことです。スペースシャトルの表面に貼られた耐熱性のセラミックが剥がれたことが原因でした。同じ原子と電子でできているのに、1万℃に耐えられるセラミックがある一方で、ずっと低い温度で融けてしまうプラスチックもあることから、材料にとても興味を持ちました。
<strong>薄く柔らかいエレクトロニクスで
脳の近くから測る</strong>
私自身の研究成果は、フィルムやゴムといった非常に薄くて柔らかい素材の上に高度なエレクトロニクスを作り、それによって体の非常に小さな信号を測れるようにするというものです。これを皮膚の表面に貼ったり血管の中に入れたりして脳波を計測するのですが、小さな信号なのでノイズが含まれたり、ノイズにかき消されたりすることがあります。そこで、AIを使い、脳の活動の信号とノイズを分離することにしました。現在は、そういった薄くて柔らかい計測器を使って取得した情報を解析して、ノイズの少ない(S/N比が大きい)データを取り出すことに挑戦しています。
AIは取り出したデータの解析でも使用しています。脳の活動をずっと計測していくことで得られる膨大なデータを(AIを使って解析し)統計的に扱ったときに、初めて脳の信号の普遍的な特徴に気づけると考えています。
<strong>兆候をとらえて
病気になる前に気付けるように</strong>
現在、中村元先生や栁澤琢史先生など脳外科の医師の先生たちと一緒にこういった脳の計測器を開発しています。計測の用途はさまざまで、例えば、脳出血や認知症の兆候を捉えたり、将来的な脳関連疾患をなるべく大きなイベントが起きる前に気付いたりと、脳関連疾患の未病バイオマーカーにチャレンジできないかと考えています。
<strong>脳の健康管理で
それぞれの人生に役立ちたい</strong>
私の目標は、血管の中で全く生体に無害、かつ生体に気付かれることなく、血管の中から治療や計測でき、必要なくなったら体外に出ていく、そのような材料や血管内ロボットを作ることです。
私は1人の人間として、人生を楽しく過ごして終わりたいのですが、その時、人間の脳はとても大切な役割を果たします。人それぞれの個性や日々の感情は全て脳活動です。そして、人は1日に何万回も自分の脳と対話しています。だから、自分を大切にするには脳の健康管理が大切になります。
非常に脳はセンシティブなので、ちょっとしたことでも変化してしまいます。だから、人間の脳は測ろうとするだけで、その状態を乱してしまいます。いかにありのままを測るのかが究極的な科学技術だと思いますが、40億年かけて最適化されてきた生き物が、現在のテクノロジーで全て測れるとは考えていません。「全然測れなかったけど、本当に神秘だよね」で終わったとしても、それもまた素敵な研究者人生だと思います。
<strong>自分自身の思いつきを
チャレンジしよう!</strong>
私から若い皆さんにお伝えしたいのは、とにかく思ったことにチャレンジしてみてほしいということです。その思いつきは世界初の、自分自身しか気付けなかったことかもしれません。みんな考えているだろうとは思わずに、自分の思ったことにチャレンジしてみると、本当に思いがけない新しい発見がたくさんあると思います。それを続けていくと、研究者になるかもしれませんし、研究者にならなくても、面白い人生が待っていると思います。ぜひチャレンジしてみてください。
取材・執筆・動画編集 株式会社スペースタイム