アクティビティ

想いを表現する選択肢を
埋め込み型脳波計で思い描いたイメージを取り出す

2024年08月06日
  • インタビュー
  • IoB コア技術

てんかんの治療を専門とする脳神経外科医の栁澤琢史さん(大阪大学高等共創研究院・教授)は、頭の中に入れた電極を使った、ブレイン・マシン・インタフェース(BMI)を研究しています。このインタビューでは、IoBにおいて担当している脳波を使って思い描いたイメージを出力するという研究についてお話を聞きました。

<span style="font-weight: 400;">脳波を使って</span><span style="font-weight: 400;">
</span><span style="font-weight: 400;">意思を伝達できるように</span>

IoBの中では、侵襲型BMIという、脳に電極を入れるといった手術を要する技術を使って、高精度に脳で考えている内容を読み取ったり、情報を取り出したり、脳に情報を直接入力したりする技術を研究しています。筋萎縮性側索硬化症(ALS)と呼ばれる病気の方は、体が動かないので、自分が伝えたいことを話して伝えることができません。そういった方が脳信号を使って意思を伝達できるようにするための技術です。

ALSになっても、意識はしっかりしています。それなのに体が全く動かないため、閉じ込め症候群と言われる、自分の体の中に閉じ込められてしまうという状況に陥ることがあります。そういった方でも、意思伝達さえできれば、さまざまな社会生活を継続することができるようになります。そこで、技術でその状況を克服できないかと研究しています。

<span style="font-weight: 400;">物理学の知識を</span><span style="font-weight: 400;">
</span><span style="font-weight: 400;">医療に応用したい</span>

私は元々は物理学の出身で、若い頃は、物理学を研究すれば何でも理解できるのではと思っていました。そこで、脳のシミュレーションを扱う研究室に入って、数理モデルを使って脳の活動や人の活動をシミュレーションするという研究をしていました。

そして、そういった技術を医療に応用したいと考え、医学部に入り直して医者になりました。医者になってからも、数理モデルを使った研究や医療応用にとても興味があり、当時、大阪大学の脳神経外科にあった、脳波によるBMIを開発しようとするプロジェクトに参加しました。そこで、 侵襲型BMIの開発やさまざまな研究を進めていったというところから今に繋がります。

<span style="font-weight: 400;">脳波から</span><span style="font-weight: 400;">
</span><span style="font-weight: 400;">想像しているものを読み取る</span>

我々は、頭の中に入れた電極から脳波を計測して、想像したものが画像として画面に表示される技術や、頭の中で想い描いたことを文章や映像として出力する技術を開発しています。ALSの患者さんはしゃべろうとしてもうまく動けませんが、口パクをイメージしてもらうと、運動野から「口を動かそう」という信号がしっかり出てきます。それを計測し、AIが解読して、患者さんの代わりにその文書を出力するという仕組みです。

さらに、運動野より高次の部位の脳波から読み取ることができると、運動野に障害がある方も使えるようになります。

ところで、僕らが「物」を見るとき、目からの信号が脳の中で処理され、「物」が何であるかという認識になります。それと同時に、「何を見るのだろう?」と予測する信号も、頭の中では生まれています。つまり脳は、単に刺激に反応しているだけではなく、どんな刺激が来るのかを予測していて、視覚による刺激と予測による信号が一体となることで物事を認知しています。だから、僕らが何かを想像するときの活動と、何かを見ている時の活動には、共通する部分があります。

そこで、さまざまな「物」を人に見せて、その時の脳信号をAIに学習させると、「こういうものを想像したら、こういう信号が出る」と予測できるようになり、想像したことを推定できるようになります。僕らは特に、どういう脳活動の情報を使うとうまく推定できるのかに着目していて、意味的なことなど、より高次の情報を使うと、より推定しやすいということが分かってきました。例えば、被験者に対して「人の顔を出してください」と言った時に、被験者がそのとおりに画面に人の顔を出せる確率、精度が非常に上がってきました。

<span style="font-weight: 400;">不安感を払拭しながら</span><span style="font-weight: 400;">
</span><span style="font-weight: 400;">選択肢は用意しておく</span>

我々がALS協会でアンケート調査したところ、侵襲型BMIを使いたいという方が半分強いらっしゃり、特にコミュニケーションのサポートのニーズが高いことが分かりました。多くの方は少し動かせるところが残っているので、たとえば視線や口の動きで、本を1冊書いたり、音楽イベントを開いたりと、さまざまな活動をされる方がいます。ただ、全く筋肉が動かなくなるとそれも制限されてしまいます。そこに脳の信号を使った意思伝達の手段、選択肢を用意しておくことが、非常に重要になります。

以前、あるシンポジウムの会場で、この技術に不安があるという方に挙手してもらうと、3分の1が挙手しました。機械に考えを読み取られる、制御されるということに、とても不安感があるのだと思います。ただ、普段何もない状況と病気になった状況とでは、選択肢に対する印象はまた違うと思います。医療者としては、その選択肢を持っておくことが重要です。実際に何を選択するのかは、患者自身と社会です。だから僕らとしては、こういう選択肢を作れる状況であるということを発信していくことが重要だと思います。

<span style="font-weight: 400;">工学的、数理的な手法で</span><span style="font-weight: 400;">
</span><span style="font-weight: 400;">患者の症状を少しでも改善したい</span>

身体の制約から解放されるというムーンショットの大きなテーマに対して、我々は、脳の信号を解読したり、脳を制御したりすることで、その実現を目指しています。例えば、体を動かしにくい、全く動かせないといった、さまざまな状況の方が健常者と同じように社会参加できる、やりたいことを実現できるように、サポートする技術を作るというのが我々の目標です。

脳外科医をやっていると、実は脳の病気は治らないものが多いため、無力感や限界を感じることが結構あります。だから、そういった病気を、工学的、数理的な手法で治したり、症状を良くしたりということが、少しでもできれば良い、というのが僕の目標です。治療できるようになれば、すごく嬉しいです。

<span style="font-weight: 400;">自分らしい研究領域を</span><span style="font-weight: 400;">
</span><span style="font-weight: 400;">開拓していこう!</span>

さまざまな研究分野があると思いますが、すでにある分野だけではなく、さまざまな領域をまたぐような、新しい自分らしい研究領域を創っていただけると面白いと思っています。今あるものだけにとらわれないで、ぜひご自身の興味などから可能性を広げて、開拓していってください

取材・執筆・動画編集 株式会社スペースタイム