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【IoB対談】××情報が生み出す「極低侵襲BMI」最前線

2025年06月24日
  • インタビュー
  • IoB コア技術
  • IoB極低侵襲技術開発

神経情報学 栁澤琢史 大阪大学大学院 医学系研究科 神経情報学 教授
頭の中に入れた電極から得られる脳信号の解析を行う

材料科学 関谷毅 大阪大学 産業科学研究所 教授
血管内に留め置くための薄くて柔らかい電子デバイスを開発する

脳神経外科学 中村元 大阪大学大学院 医学系研究科 脳神経外科学 講師
カテーテルを用いて血管内への電子デバイスの送達と測定を行う

聞き手 川原瞳 株式会社アラヤ サイエンスコミュニケーター

<対談場所 大阪大学 産業科学研究所>

 

川原

 

今日は、Internet of Brains(IoB)のプロジェクトで極低侵襲BMIの研究開発を進める3名の先生方にお集まりいただきました。皆さん、よろしくお願いします。

 

栁澤
関谷
中村

 
よろしくお願いします。

川原

3人のコラボレーションは今回が初めてですか?

栁澤

はい。中村先生とは大阪大学の同じ脳外科で、関谷先生とはお互いに知ってはいましたが、密な共同研究はこれが初めてです。 

 

<strong><span style="font-size: 15pt; line-height: 23px; font-family: 'Yu Gothic', sans-serif;">脳にやさしく、さらに深く</span></strong>

川原

BMIについて、簡単に教えてください。

栁澤

BMI(ブレイン・マシン・インターフェース)は、脳と機械をつなぐインターフェースです。身体を動かせない患者さんが脳の信号を使ってタイピングしたり、アバターを操作したり、あるいは身体の感覚が無い方が人工的な感覚を得たりする技術のことです。

川原

極低侵襲(ごくていしんしゅう)のBMIとはどういったものですか?

栁澤

私は脳波を計るための電極を埋め込んだてんかんの患者さんにご協力いただき、脳の情報を使って、患者さんの意図の推定を進めています。実は、脳に直接埋め込んだ(これを侵襲度が高いと言います)場合には既にかなりのことがわかるようになってきています。

 

栁澤

ただし、電極を入れるために手術で頭を開く必要があるので、リスクを伴います。そこで、より侵襲度の低いBMIの研究開発を進めています。極低侵襲BMIでは、頭を開かずに、脳の血管の中に電極を貼り付けることで、脳への影響を少なく脳波を取得できます。

川原

先行研究と、IoBで開発する極低侵襲BMIの違いを教えてください。

栁澤

米国のシンクロンという会社が「ステントロード」という極低侵襲BMIデバイスを開発しています。これは、左右の脳の間で頭頂部のあたりを走行する上矢状静脈洞という大きくて硬い血管に入れるデバイスです。

関谷

ステントロードはパイプのような構造なのでどうしても硬く、枝分かれする曲がりくねった血管には入りづらいんです。

 

栁澤

BMIを実現するためには、手を動かしたり、口を動かして喋ったりする際の脳信号も取りたいのですが、これらの活動領域は上矢状静脈洞からだいぶ離れた位置にあるんです。

関谷

上矢状静脈洞から左右に出ている細い血管に入っていくために、IoBでは薄くて柔らかい測定器を開発しています。フィルムをらせん状にして血管の中で広がるような仕組みです。

1円玉とワイヤーに巻きつく小さな測定器

 

測定器を顕微鏡で拡大した様子 

関谷

フィルムに電極を付けたり集積化しても柔らかさを損ねない工夫をしています。

中村

これであれば、開頭術では到達しにくい深部の脳組織にも、血管から比較的容易にアクセスできます。今後は、これまで取れなかった深部の脳組織からも信号が取れる可能性があります。

<strong><span style="font-size: 15pt; line-height: 23px; font-family: 'Yu Gothic', sans-serif;">医療と情報技術とテクノロジーの融合</span></strong>

川原

現在の研究の進捗状況を教えてください。

中村

いきなりヒトの脳には入れられないので、まずはブタの脳表面の血管から脳波を取得する実験を行いました。その結果、私たちの予想通り、上矢状静脈洞に比べて精度の高い脳波信号を得られることがわかってきました。

川原

どうやって電極を入れるんでしょうか?

中村

こちらにあるのが実物大の脳模型です。ブタの脳はヒトの約3分の1で、血管も約0.8mmと非常に細いです。

 

ヒトの脳模型(上)とブタの脳模型(下)

中村

まず、直径3mm程度の太めの医療用チューブ(カテーテル)をブタの太ももの血管(大腿静脈)から首の血管(内頚静脈)まで進めます。その中に、より細いカテーテル(マイクロカテーテル)を通し、脳の目的の血管まで誘導します。誘導の際には、X線で血管の様子を確認した後、先端を少し曲げた柔らかい極細のワイヤー(ガイドワイヤー)を使って曲がった部分を慎重に通過していきます。マイクロカテーテルが目的の位置に到達したら、ガイドワイヤーを抜き取り、目的の電極と電源供給用の別のガイドワイヤーを挿入します。

 

(動画リンク)極低侵襲BMIの留置技術/伝送・給電システム 

栁澤

実験のために、福島県のふくしま医療機器開発支援センターというところに大阪からみんなで通っています。

関谷

私には全く見えない血管を、中村先生はすぅっと通していくんです。もし一突きでも失敗したら、その日の実験は即終了となっちゃうので、あのプレッシャーは半端じゃ無いと思います。

中村

毎日そういうところで戦ってるので、慣れてるんだと思います(笑)

川原

3人の知識とスキルを集約した結果、極低侵襲BMIの実現が見えてきたんですね。

<strong><span style="font-size: 15pt; line-height: 23px; font-family: 'Yu Gothic', sans-serif;">安全性とスピードの両立</span></strong>

川原

社会実装するにあたって抱えている課題を教えてください。

栁澤

一歩ずつ着実に安全性を確かめていくことが大切です。同時に治療を待っている方もいらっしゃいますので、最速で進めていくことも重要です。

関谷

今後デバイスが持つ機能を増やしていったときに、デバイスの温度が大幅に上昇すると、身体に入れられません。そうした対応も進めていきたいです。

中村

血管の構造は人それぞれ、個人差があります。そのため、患者さんの血管構造に合わせてデバイス留置部位を決定し、安全確実にデバイスを誘導しなければなりません。我々は、個々の患者さんの3Dモデルを作成し、それを用いて医師が事前にトレーニングすることで、より安全にデバイスを目的地に届けることができると考えています。

 

<strong><span style="font-size: 15pt; line-height: 23px; font-family: 'Yu Gothic', sans-serif;">血管から拡がる新たな道</span></strong>

川原

極低侵襲BMIが使えるようになったら、先生方はどのような場面で使用してもらいたいですか?

栁澤

身体が動かなくて困っている患者さんが多くいらっしゃいますので、まずは運動機能の回復からですね。運動機能へのBMI活用は、これまでの研究の蓄積も多い部分です。

関谷

私は脳の機能そのものを知りたいと思っているんです。脳は消費電力が少ないのに、ものすごく認知機能が高い。脳の機能を知ることで、消費電力が小さいサステイナブルな電子デバイスの実現にもつながります。最終的には、人工的な脳の実現も夢見ています。

中村

血管って身体中に広く開かれた道なんです。例えば、胃腸の動きが悪いときに我々のデバイスを入れて刺激したら胃腸の動きを良くできるかもしれません。SFみたいな話ですけど、この技術が進めば他の器官に応用する可能性も広がります。

 

<strong><span style="font-size: 15pt; line-height: 23px; font-family: 'Yu Gothic', sans-serif;">社会実装に向けた、さらなる連携へ</span></strong>

川原

今後、どんな方々とコラボレーションしたいですか?

栁澤

デバイスをつくる企業の方はもちろん、社会実装や応用にまで興味がある企業さん、研究者の方、医療関係者の方、ぜひご連絡ください。

関谷

身体を計測するデバイスなので、国や地域による文化や価値観の尊重も大切です。国際的な安全基準をクリアするためにも、そうした知識をお持ちの方とご一緒したいです。

中村

医療の現場で、実現したいアイデアを温めている方もぜひ、お声掛けください。

 

3人が描く2050年の社会像や、エンハンスメント(医療技術を使った人間の能力増強)に対する考え方など、この記事に載せきれなかった対談の様子はYouTubeにて、ほぼノーカットで公開しています。ぜひ、続きをご覧ください。

(動画リンク)IoB 極低侵襲BMI 開発者対談

執筆・動画編集 株式会社スペースタイム